photo by:Gadjo_Niglo(https://www.flickr.com/photos/gadjodilo974/30265908087/)

ブラジリアンサーファーの台頭によって「ブラジリアンストーム」という言葉が生まれてから数年が経ちますが、勢いが加速している印象のブラジル勢。その中心にいるのが、ガブリエルメディナ、フィリペトレド、イタロフェレイラの3人です。本記事ではその中の一人、イタロフェレイラにフォーカスします。

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イタロフェレイラのプロフィール&生い立ち

イタロフェレイラはブラジル出身のプロサーファーで、これまでにWSLのCT(チャンピオンシップツアー)でも数回の表彰台入りをしています。なお、2019年に日本の宮崎でおこなわれた「ISAワールドサーフィンゲームス」では、強烈なハンデがありながらも、日本人サーファー村上舜と決勝ラウンドで戦って優勝を果たしたことでも知名度をあげました。

ここでは、そんなイタロフェレイラのプロフィールやキャリアをご紹介しながら、使っているサーフボードなどについても触れていますので、ぜひ参考までにご覧ください。これを見ればサーフィン界の新星イタロフェレイラについて詳しくなれますので、興味がある方はどうぞチェックをお願いします。

それではまずイタロフェレイラのプロフィールと生い立ちからご紹介していきましょう。イタロフェレイラは1994年5月6日生まれの現在25歳です。(2019年時点)ブラジルのバイーア・フォルモーザという人口8000人の小さな田舎町が彼の地元となります。

身長は168センチ、体重は68キロとプロサーファーとしてはそこまで体格がいい方ではありませんが、その抜群の身体能力を活かし世界でもトップレベルのエアリアルを決めることで有名です。特にバックサイドからのアプローチ、エキサイティングなフリーフォールは観客をおおいに熱狂させてくれます。

そんなイタロフェレイラは少年時代、地元がブラジルの北東部にある漁村だったということもあり、泳ぎなどは得意だったものの、サーフボードを買う余裕が家にはなかったそうです。

そんな彼を見て地元の先輩にあたる友人がサーフボードをイタロフェレイラにプレゼントしたことから、プロサーファー・イタロフェレイラの歴史は始まります。サーフィンをはじめたイタロフェレイラは、みるみる上達をしていき、最初に出場したコンテストでいきなりの優勝を飾りました。

その後、さらに大きな地域大会に出場しそこでも優勝をすると、その後はブラジルを代表する大会でも1位を獲得しています。こうしてプロサーファーにまで成長していったイタロフェレイラは、一気にその注目度を高めWSLのツアーに参加するほどにまでなりました。

そして、プロサーファーとなってから数年後の2014年、彼が若干20歳だったときにWSLのツアーQS(クオリファイングシリーズ)で7位に入賞すると、翌年にはCT(チャンピオンシップツアー)に出場をしています。イタロフェレイラはハングリー精神がありながらも笑顔が印象的な好青年、そんな彼のこれまでの実績やキャリア、さらには2019年におこなわれた「2019 ISA World Surfing Games」での逸話についても次にご紹介していきたいと思います。

イタロフェレイラのサーフィンキャリア

イタロフェレイラは、先ほども触れたように2014年のWSL QSシリーズで7位に入賞したあと、2015年に開催されたCTに出場。そして初めてのワールドツアーながら7位という好成績を残すと、その年のルーキーオブザイヤーに輝いています。

その後、2016年と2017年のシーズンは15位・22位とあまり結果は振るわなかったものの、2018年のCTでは2戦目の「リップカール・ベルズビーチ大会」5戦目の「コロナ・バリ大会」10戦目の「MEOリップカール・ポルトガル大会」で優勝。トータルで4位という最高成績を収めることとなりました。

2019年シーズンもその好調を維持し、同じブラジル人プロサーファーであるガブリエルメディナやフィリペトレドを抑えての1位をキープしています。(10戦目までを終えて)このように、2019年はワールドタイトル獲得も夢ではないとされている逸材にまで成長したイタロフェレイラですが、さらに彼の凄さを物語る一幕が日本で起こりました。

イタロフェレイラの大遅刻からの逆転優勝

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イタロフェレイラは2019年の9月7日から15日までの間に宮崎県の木崎浜で開催された「ISAワールドサーフィンゲームス」に出場を予定していました。しかし、来日する数日前にサンタモニカのレストランで食事をしている最中、車上荒らしにあい、パスポートを盗難されるという事態に巻き込まれてしまいます。

もちろんすでにビザを発行していたイタロフェレイラはパスポートごとビザも紛失することになり、そのままでは日本に入国してサーフィンをおこなうことが出来ない状態となってしまいました。そこでイタロフェレイラは考えた末、ひとまず日本まで来て在日アメリカ領事館にてアメリカ・日本のビザを取得し、その翌日に宮崎へ向かうことを決めます。

しかし、またもやイタロフェレイラを不運が襲うわけですが、その来日する日というのがちょうど日本に台風が直撃をしていた日だったのです。フライト時間は通常よりも遅延し、およそ18時間も飛行機に乗っていたというイタロフェレイラ。領事館には余裕を持っていくつもりだったものの、まさかの大会当日の朝までに延期することになってしまいます。

なんとか東京に到着し、急いで領事館でビザの申請をおこなったイタロフェレイラは、宮崎行きの飛行機に搭乗。幸いにも大会の会場も波のコンディションが悪く1時間半ほど遅れての1ラウンド目開始となっていたことによって、なんとかギリギリ試合時間に間に合います。

しかし、すでに試合はおこなわれていて、イタロフェレイラが出場するヒートの残り時間は10分しかありません。空港で手荷物すら受け取る時間がなかったイタロフェレイラは、同じブラジル代表として大会に参加していたフィリペトレドのボードを借りてすぐに海へと入ります。

さすがに残り10分では結果は出せないと思われていましたが、なんとイタロフェレイラはラスト1分20秒というタイミングで奇跡の逆転を果たしてラウンド2への進出を決めたのです。そして、その後は勢いそのままに決勝ラウンドまで進み、日本人プロサーファー村上舜、ガブリエルメディナを抑えまさかの優勝。

決勝ラウンドではパーフェクト10を叩き出すなど記録尽くめの大会を終えたのです。そんな映画のようなストーリーをリアルで実現したイタロフェレイラ、まさに今後のサーフィン界におけるニューヒーローが誕生したとも感じられる瞬間でした。

【次ページ】イタロフェレイラのサーフボード&スポンサー

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