大野修聖のプロフィール!サーフィンの実績〜スポンサー!兄弟についても!

サーファー

大野修聖さんは日本のサーファーの中でも兄貴分的存在のプロプレーヤーで、東京オリンピックの招致活動にも尽力した人間のひとり。日本のサーフィン界にとって唯一無二と呼べるサーファーと言ってもいいほどの人物です。

これまでの個人としての実績もさることながら、サーフィンの普及活動や多角的なアプローチといった観点は、現在でも衰えることなく進化の一途を辿っています。

そんな大野修聖さんについてのプロフィールや双子の兄である仙雅さんについて、ここではご紹介していきます。30代半ばながら常に世界へと前進している大野修聖さんを、ぜひこの機会に知っていってください。

 

大野修聖って?

 

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大野修聖さんは日本のトップサーファーのひとりで、過去にJSPAのグランドチャンピオンに数度に渡って輝いている実力者です。サーフィンに対して科学的・メンタル的な部分からアプローチし続けていますが、そのルーツは世界を拠点に活動していた時期に考えていたものと語っています。

現在は海外で学んだことをベースに国内を主戦場としていますが、海外挑戦もたびたび行っています。ミスターコンペティションとも呼ばれるほど「大会」にこだわってきたサーファーでもあり、獲得してきた国内タイトルは数知れません。もちろん海外での実績も充分あります。

そんな大野修聖さんですが、一時期コンペや競技サーフィンに対してモチベーションを失っていたこともあったそうです。「優勝」などに気持ちが高まらなくなってしまった原因はどこにあったのかは分かりませんが、しばらくその期間が続いていたという大野修聖さん。

しかし、サーフィンがオリンピックの正式種目に決まったことや、東京オリンピックの招致活動を通してモチベーションが回復してきたと語っています。大野修聖さんは、サーフィンのイベントを主宰したり、波乗りを通じて音楽的な活動とのコラボレーションを企画したりと多方面に渡って活動をしている特殊なサーファーです。

その世界観は非常に独特で、かなりストイックな一面を覗かせることもあります。名称についても一部のサーフィン情報誌などでは「大野”Mar”修聖」と表記されていたりもします。

ちなみに本名の読み方は「修聖=まさとし」です。あまりスラッとは読みづらい名前でもあります。名前の間に付いている「Mar」はそのまま「マー」と読みます。これはいわゆるニックネームで、海外生活が長かった大野修聖さんならではかもしれません。

なお、大野修聖さんはChannel Islandsと契約している関係で同社のサーフボードをよく使っています。2010年にアメリカで開催された大会では「DUMPSTER DIVER(5’4″x19″x2 1/8″)」を使って世界のトップサーファー相手に優勝を飾っています。

また、地元である伊豆には自身が所属する「サーフショップ・バグース」があり、双子の兄である仙雅さんが手がけるサーフブランドのものも使用しているようです。

 

大野修聖のプロフィール

大野修聖さんは、1981年2月16日生まれの47歳です。(2018年時点)。静岡県の下田市出身ということで、海から近い街に生まれました。

大野修聖さんの両親が共にサーファーだったことからも、サーフィンと出会うのは比較的早く、8歳のころからサーフィンを始めています。
1997年に15歳ながらプロテストに合格してプロサーファーとしての経歴をスタートさせた大野修聖さん。

めきめきとその腕前は上達していき、若い頃から世界を相手に戦った結果、日本屈指のコンペティションサーファーとしてその知名度を上げることになりました。大野修聖さんは、世界が認めるプロサーファーであり、「世界にもっとも近い男」とも称されるほどの実力の持ち主です。

過去には世界王者でもあるケリースレーターなどとも対戦した経験があり、現在でも交流があるとのこと。

ケリースレーターのポプロフィールはこちら

 

日本のサーファーで知らない人はいないと言われるほどで、国内でもっとも著名な選手と言えます。ちなみに身長は163cmほどで、そこまで恵まれた体格ではありません。身体が大きくなくても世界と戦えることを証明した、日本人サーファーのひとりでもあります。

 

大野修聖のサーフィンの実績

 

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そんな国内におけるレジェンドサーファー大野修聖さんの過去の実績をご紹介していきたいと思います。大野修聖さんは、20歳ごろからすでに日本のトップクラスに君臨していました。

とりわけ2004年と2005年においてJSPAグランドチャンピオンに輝き、連覇を果たすとすぐに世界へと挑戦しにいっています。海外での主な実績としては2009年に行われた世界大会「WQS 6スター」で準優勝。もちろんこれは日本人初の快挙です。

さらに翌年に開催された同大会においても3位と好成績を残し、世界ランキング70位にまで登りつめます。2013年には海外挑戦から一転し、もう一度国内大会への参戦をメインとした大野修聖さん。

この年は国内ツアーを6戦して5勝、さらにASPの国内大会で2勝という驚異的な結果を残し、堂々3度目の国内グランドチャンピオンに輝いています。ちなみにひとつだけ優勝を逃した大会も準優勝していますので、「1年間、ほぼ負けなし」という伝説的な記録といえるでしょう。

2015年には前述の通り世界の伝説的サーファーであるケリースレーターなどと共に、世界大会「VOLCOM PIPE PRO」へ出場し、セミファイナル進出・7位入賞という実績を得ることとなっています。

日本人の間では「キング」という名前でも呼ばれるほどで、日本における近代サーフィンのパイオニア的存在でもあります。

 

大野修聖のスポンサーは?

 

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大野修聖さんのスポンサーにはChannel Islands Surfboardsなどの海外企業が多く名乗りを挙げています。また、クイックシルバーやAstrodeck、XMリーシュといったところも現在スポンサードを行っているようです。

ほかには自身が所属するサーフショップ・バグースもスポンサーということで、大小合わせて10社ほどが大野修聖さんをバックアップしている形です。

日本トップクラスのサーファーなので当たり前ですが、かなりスポンサーが多い選手とも言えます。

 

大野修聖は双子?兄弟は?

大野修聖さんには双子の兄がいます。名前は「大野仙雅(のりまさ)」さん、こちらも少し特殊な名前の読み方です。

もちろん双子ですから同じ年齢で、かつては大野修聖さんと同じようにプロサーファーとしてコンペティションにも出場していました。現役時代は日本人として世界ランキング最高位まで登りつめた実績もあり、破天荒なライディングとエアーが持ち味だったそうです。

アマチュア・プロそれぞれで優勝や上位入賞経験があるサーファーということで、かなりのレベルだったことが分かります。現在でも日本の公認プロサーファーとして登録されていますが、実際にはフリーサーファーとしてサーフィンは趣味のような形で続けています。

コンペティションサーファーとしての活動を控えた代わりにサーフブランド「Sherbet」を立ち上げ、事業家としての活躍を見せる仙雅さん。伊豆にあるサーフショップ・バグースに行けば会えるかもしれませんので、興味がある方はぜひ訪れてみてください。

 

まとめ

「世界にもっとも近い男」と呼ばれた大野修聖さんをご紹介してきました。
もちろん現在も世界大会に向けて挑戦を続けていますが、それと同じように若い世代への育成にも興味があるそうです。

そういった思いも込みでイベントを主宰しているようなので、ぜひチャンスがあればサーフイベントに足を運んでみてください。きっと若いサーファーにとっては刺激的な時間になると思います。日本代表のコーチやサポート役としても期待されている選手なので、これからもその活動から目が離せない存在です。

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